1. はじめに
遺産分割は、親戚同士で話し合って「法定相続分どおりに分ければ済むはずだ」と思い込んでいる方は少なくありません。しかし、実務の現場ではそう単純に進まないのが常です。
特別受益や寄与分、不動産の評価方法をめぐる意見対立、さらには相続人同士の不信感などが重なり、話し合いが完全に止まってしまうことは珍しくありません。この場合、解決のための次のルートが家庭裁判所での調停、さらに調停が不成立なら審判です。
この記事では、相続を得意とする弁護士が、具体的な流れと判断枠組み、解決までの期間、準備すべき証拠、そして実際の解決例を整理します。
2. 話し合いが行き詰まった後の申立
話し合いで相続人全員の合意が得られないときは、相続人の一人が家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てます。管轄は被相続人の最後の住所地が目安です。申立書に加えて、戸籍一式、相続関係説明図、固定資産評価証明書、預貯金残高証明書などを提出します。
3. 遺産分割調停の実際
調停は通常、月1回程度の期日で進行します。期日では、調停委員が相続人ごとに個別聴取を行い、論点ごとに資料提出を求めます。重要なのは、論点を順序立てて整理していくことです。
⑴ 遺産の財産目録の確定
⑵ 評価方法の確定
⑶ 特別受益や寄与分の有無の検討
⑷ 分割方法の調整
合意が形成されれば「調停調書」が作成され、登記や金融機関での名義変更に直接使うことができます。
4. 審判に移行した場合
調停が不成立となった場合、審判に進みます。典型的なのは、感情的対立が激しい場合、不動産評価に大きな差がある場合、一部の相続人が一切歩み寄らない場合です。裁判所は次の枠組みに基づいて判断します。
⑴ 遺産の範囲を確定
⑵ 評価時点と方法を決定
⑶ 特別受益の有無と額を判断
⑷ 寄与分の有無と額を認定
⑸ 具体的相続分を算出
⑹ 分割方法を選択(現物・代償・換価)
不動産や自社株評価が争点となれば、不動産鑑定士や公認会計士による鑑定が採用されることもあります。審判の結論と理由が記載された審判書(訴訟でいうところの判決書)が当事者に送達されると、不服がある当事者は、原則2週間以内に即時抗告することができます。
5. 解決までの期間
調停でまとまれば半年から1年程度で終了します。もっとも、鑑定を要する場合や相続人が多数にわたる場合は1年を超えることも珍しくありません。時間が延びる最大の要因は「争点の拡散」です。早期に争点を整理し、必要資料を揃えることが、解決までの時間を縮減する最も効果的な手段です。
6. 実務で特に争点となるテーマと証拠
⑴ 特別受益
住宅取得資金の援助、結婚資金や学費などが典型です。振込記録、贈与契約書、当時のメールや日記の記載などが立証に使えます。
⑵ 寄与分
親の療養看護、事業への無償従事、独自の資金投入など。介護記録、勤務表、診療明細、仕訳帳や通帳、家族内の役割分担を示す資料が有効です。
⑶ 不動産評価
居住継続か売却かで評価基準が変わります。市場価格や路線価のどちらを基準にするかは事案次第です。老朽化や賃借人の有無も評価に影響します。
⑷ 預貯金・生前引出し
故人名義の預金や相続人による死亡直前の引出しは、遺産の範囲や特別受益の認定に直結します。入出金の一覧表を作成し、生活費との関連性を整理することが重要です。
⑸ 不動産の共有は「最後の選択肢」
「とりあえず不動産は共有名義にする」という解決は一見無難に見えますが、将来の売却や再相続で必ず再燃します。売却益の分配や修繕費用、固定資産税の負担など、後から紛争の火種になるのが常です。したがって、代償分割による単独化を基本方針とすべきです。代償金の支払方法は一括払いに限らず、分割払いや借換を組み合わせて柔軟に設計することが可能です。
→不動産を共有名義にするリスクについて、詳しくは「遺産分割で共有名義を選ぶ危険性─“とりあえず共有”の落とし穴」をご覧ください。
7. 当事務所の解決例
兄二人と妹一人の三人相続。遺産は自宅と賃貸用アパートでした。自宅は長兄が居住継続を強く希望、他の二人は売却を主張。鑑定を活用して市場価格を確定し、自宅は長兄が単独取得。その代償として、次兄と妹へ代償金を支払う形を調整しました。賃貸用アパートは売却して清算。代償金は金融機関の借換と分割払いを組み合わせ、現実的な支払計画を設計。調停で合意に至り、開始から7か月で決着しました。争点を「一覧表」に集約し、評価と分割案の主張を同時並行で展開したことが成功の要因でした。
8. まとめ
当事者だけで遺産分割の話し合いがまとまらないことは、決して例外的なことではありません。調停や審判は制度として用意されており、冷静に進めれば適切な解決に至ります。
大切なのは、感情論と権利主張を切り分け、早期に論点を整理することです。特に、不動産評価・特別受益・寄与分という三大争点を軸に戦略的で現実的な分割案を作成・提案することです。
もっとも、これらを一般の方が過不足なく行うことは困難です。しかも、遺産分割調停は、裁判所を利用した単なる家族会議の場ではありません。調停でまとまらなければ、審判に移行し、最後は裁判所の判断で強制的に紛争解決が図られる以上、審判を見据えた調停活動を行う必要があります(詳しくは、「遺産分割調停・審判に弁護士は必要?-自分で臨むリスクと弁護士に依頼する本当の価値」をご覧ください)。
当事務所では、相続だけでなく不動産問題も得意とする弁護士が、遺産分割調停から審判まで数多くの案件に対応し、将来紛争が再燃しない形での解決を重視してきました。不動産を含む財産評価や分割方法の検討、主張の整理、必要資料の収集から、調停条項の作成・審判対応まで、一貫して支援いたします(全国対応)。
負けない遺産分割を実現したいと本気でお考えであれば、当事務所にご相談ください。