1. 限定承認の概要
限定承認とは、簡単に言えば、故人に借金などマイナスの財産があった場合でも、相続人は相続した預貯金や不動産などプラスの財産の範囲内でしか弁済義務を負わない制度です(民法922条)。
結果として、遺産の内、プラスの財産がマイナスの財産を上回れば、プラスの財産のみ相続することができます。逆に、マイナスの財産がプラスの財産を上回った場合は、これを弁済する必要はありません。
つまり、単純承認と相続放棄の中間的な立ち位置にあり、状況次第で大きなメリットを生む制度です。
この記事では、相続を得意とする弁護士が、相続放棄との違いを踏まえながら、限定承認の全体像を説明します。
2. 限定承認の手続の流れ
(1) 相続人全員の同意が必要
相続放棄は相続人ごとに判断できますが、限定承認は相続人全員が揃って行う必要があります。
1人でも反対すれば手続きは不成立。遺産の規模や債務の有無よりも、この条件が最大のハードルになることもあります。
(2) 家庭裁判所への申述
相続人全員の同意が有る場合、限定承認の手続は、家庭裁判所に申述書を提出するところから始まります。この点は相続放棄と同じです。しかし、限定承認の場合は単に申述書を出すだけでは終わりません。財産目録の提出が必須で、しかも内容の正確さと網羅性が求められます。
(3) 財産目録の作成
財産目録は、現金や預貯金だけでなく、不動産、株式、車両、貴金属、さらには取引先への売掛金まで調査をした上で作成します。しかも評価額を付ける必要があるため、遺産の内容によっては、不動産鑑定や市場価格の調査など専門知識や手間がかかることも有ります。
(4) 官報公告と債権者対応
限定承認を申述した後、5日以内に、官報で公告を行い、債権者に債権の届け出を促します。この手続きは自分で行わなければならず、手数料は数万円かかります。裁判所が代行してくれるわけではありません。
(5) 弁済と清算手続の複雑さ
債権者からの届け出を受けたら、優先順位や割合に沿って弁済します。債権者間のルールを間違えると損害賠償請求を受けることもあるため、細心の注意が必要です。なお、遺産に現金が足りなければ、不動産や車両を売却しますが、その場合は競売手続を経る必要があり、これも専門的知識が必須です。
(6) 破産管財人業務に近い負担
弁護士の感覚としては、限定承認は、規模は異なるものの、破産管財人の業務に似ています。財産の調査・売却・分配といった遺産の清算手続を専門家である破産管財人ではなく、すべて自分で進める必要があるため、素人には極めて困難です。
3. まとめ
限定承認は、相続放棄や単純承認では得られない柔軟性を持つ制度ですが、その分だけ手続きの負担と要件の厳しさが際立ちます。相続人全員の同意、財産目録の正確な作成、債権者対応や換価処分、そして法定の優先順位に沿った弁済──これらを確実にこなすのは、素人には極めて困難です。
便利さの裏にある現実的なハードルを理解せずに臨めば、制度の利用が頓挫したり、かえって不利な結果を招くおそれもあります。
もし限定承認を本気で行うのなら、早期に限定承認の経験豊富な弁護士に依頼されることをおすすめします。