1. はじめに
「ネットで調べたら“遺産分割調停は自分でもできる”と書いてあったし、費用も浮くなら弁護士はいらないんじゃないか?」
実際にこう考えて、まずは自分だけで調停に臨もうとする人は少なくありません。
しかし、実務の現場で弁護士が数多く目にするのは、「本人だけで臨んだ結果、大きな損失を招いた」という事例です。
遺産分割調停は“ただの話し合い”ではありません。合意に至れば調停調書が作成され、それは確定審判と同じ効力を持ちます。不成立なら自動的に審判へ移行し、裁判官が最終判断を下します。
つまり、調停が終点になるか、審判に進むかはケース次第。ですが、調停で話がまとまらなかった場合には、審判に移行する以上、最初から「審判を見据えた調停活動」が不可欠なのです。
この記事では、相続を得意とする弁護士が、遺産分割調停に本人で臨むリスク、弁護士に依頼するメリット、弁護士費用を「投資」と捉えるべき理由などについて、具体例を交えながら解説します。
2. 自分で臨むリスク
⑴ 証拠が不足し、主張が通らない
「弟ばかり贔屓されていた」「私が介護した」と口頭で述べても、調停委員や裁判官には響きません。通帳明細、介護日誌、診療明細といった裏付けを整えない限り、記録には残らず、審判で考慮されないこともあります。
⑵ 精神的な負担が極めて大きい
家庭裁判所に一人で出向き、調停委員や裁判官、さらには相手方やその弁護士と向き合うこと自体が、大きなストレスになります。日常生活や仕事に支障が出る場合も有ります。なお、調停には、相続人でない自分の配偶者(妻や夫)は、原則として同席・立会いはできません。
⑶ さらに相手が弁護士付きだと圧倒的不利
よく「相手に弁護士がいると冷静で論理的だから不利になる」と言われます。ですが、本当の不利はそんな表面的な話ではありません。
法律上の権利は、「法律に定められた要件を満たしたとき」に初めて認められます。
そのためには、①法律要件を明確にした上で、②その要件に該当する事実を主張し、③さらにその事実を裏付ける証拠を提出する、この三位一体の作業が不可欠です。
法律と裁判のプロである弁護士は、この「要件 → 事実 → 証拠」という権利実現の構造を熟知し、当然のように組み立てます。
一方で、素人は「不公平だ」「兄ばかり得している」と感情を述べるにとどまり、法律要件に落とし込めず、証拠の選別・提出を適切に行うことはできません。
相手に弁護士がついているのに自分は弁護士を付けない―これは相撲やボクシングで素人がプロと戦うのと同じで、勝負になりません。
3. 審判での不利益
調停が不成立になれば、事件は審判に移ります。審判は調停と違い、裁判官が法律に基づいて結論を下す手続きです。そして、実務上は、調停で提出された主張や証拠はそのまま審判でも判断資料として扱われます(家事事件手続法56条)。
ここで典型的に起こるのが、一方だけが調停から主張や証拠を出していた場合の不均衡です。
A:感情論ばかりで「兄ばかり優遇されてきた」「不公平だ」と繰り返すだけ。
B:法律要件に沿って「特別受益の存在」「寄与分の立証」「不動産評価の資料」をきちんと提出。
審判に移行したとき、裁判官の前に並んでいるのは、AとBの間に圧倒的に差のある資料です。結果として、調停から一貫して準備して来たB側の主張が認められるのです。
つまり、調停を軽く見て「感情をぶつけるだけで足りる」と考えてAのようなやり方をすると、審判に至ってその代償を突きつけられます。取り分を大きく減らされ、時には数千万円単位の差となって審判が確定。後になって「こんなはずじゃなかった」と嘆いても、結果を覆す術はありません。
4. 弁護士に依頼する価値
⑴ 争点を最初に整理できる
「何が争点なのか」「どこまでが遺産か」「評価基準はどうするか」を申立前から整理することで、調停を無駄なく進められます。
⑵ 証拠を適切な形で揃えられる
通帳や介護記録を“証拠化”して提出できるかどうかが、調停・審判の帰趨を分けます。
⑶ 精神的な負担を大きく軽減できる
弁護士が代理人として出頭し、主張や証拠の提示を担うことで、当事者は直接のやり取りによる緊張や不安から解放されます。なお、上記の通り、調停では配偶者の同席も原則認められませんが、弁護士は代理人として隣に座り、一緒に手続に臨んでくれます。孤立感を抱えることなく、専門家と並んで裁判所に向き合える安心感は大きなメリットです。
⑷ 調停が決裂しても、そのまま審判へ対応できる
調停から審判に移行しても、弁護士が一貫して記録を管理していれば、戦略を途切れさせずに臨めます。本人申立では到底難しい一貫性です。
5. 依頼のタイミング
⑴ 申立前が最適
争点整理・証拠設計を最初に行えば、調停はスムーズに進み、結果的に費用の総額を抑えられます。
⑵ 調停の途中から
よくあるのは「費用を節約したい」と自分で始めたが、行き詰まってから依頼するケース。すでに主張や証拠が不十分なため、立て直しに膨大な労力を要し、かえって遠回りになることが多いのが現実です。
⑶ 審判に移行してから
期日が進んだ後では不利な流れを覆すのは困難です。むしろ「審判を見据えて調停から弁護士を入れる」ことが、最も合理的な選択です。
6. 失敗例と成功例
⑴ 失敗例
実際に、審判が終わってから相談に来られた方がいました。相手方には弁護士が付いていたのに、「費用を節約したい」との理由で最後まで自分で進め、結果として相手の主張がほぼ全面的に採用され、数千万円規模で不利な審判が確定していました。
相談に来られたときには、「こんなことになるなら弁護士に頼んでおけばよかった…」と号泣しておられました。しかし、すでに審判が確定している以上、どうすることもできませんでした。
⑵ 成功例
一方、申立前から依頼を受けた事案では、遺産の範囲や評価方法、特別受益や寄与分といった争点を最初に整理し、それぞれの立証に必要な証拠を過不足なく提出しました。その結果、こちらの主張がほぼ全面的に裁判所に受け入れられ、審判で正当な取り分を確保することができました。依頼者から「先生にお願いして本当に良かった」言っていただき、正に弁護士冥利に尽きる事案でした。
7. 弁護士費用は「支出」ではなく「投資」
「弁護士費用の相場は?」と問われることがありますが、本質はそこではありません。重要なのは「失う額との比較」です。
数十万円を惜しんで数千万円を失うことは珍しくありません。共有不動産を巡る泥沼、特別受益や寄与分が無視された結論──いずれも後からやり直せない大損です。
弁護士費用は、無駄な出費ではなく、損失を防ぐための先行投資です。むしろ「払わなかったときに失う金額」のほうがはるかに大きい。その現実を直視する必要があります。
8. 例外的に弁護士が不要なケース
一方で、弁護士を付けなくても大きな支障がないケースもあります。
⑴ 相続人が少人数で信頼関係があり、争点が財産の確認程度に限られる場合
⑵ 遺産の規模が小さく、主張や証拠がほとんど問題にならない場合
⑶ 相続人全員が法律に一定の理解があり、感情的対立が弱い場合
このような場合は本人でも円滑に調停を終えられる可能性があります。ただし、当初は単純に見えても途中から争点が拡大する例も多いため、専門家に一度相談しておくことは有益です。
9. まとめ
遺産分割調停・審判は、制度上は本人でも対応可能です。ですが実務的には、調停での活動がそのまま審判の判断資料に生き残る以上、素人が一人で臨むリスクは極めて高いのです。
弁護士は「必須ではない」が「不可欠に近い存在です」。早期に依頼すれば、争点整理・証拠収集・交渉対応・審判移行まで、一貫した戦略を立てられます。
結論として、遺産という大きな資産を守りたいのであれば、弁護士費用を「支出」と考えるのではなく「投資」と捉えるべきです。目先の数十万円を惜しんで数千万円を失ってしまっては本末転倒です。
当事務所では、相続だけでなく不動産問題も得意とする弁護士が、遺産分割調停から審判まで数多くの案件に対応し、将来紛争が再燃しない形での解決を重視してきました。不動産を含む財産評価や分割方法の検討、主張の整理、必要資料の収集から、調停条項の作成・審判対応まで、一貫して支援いたします(全国対応)。
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