1. 裁判所はどこまで動いてくれるのか
養育費は、子どもを育てるための大切な費用です。
それにもかかわらず、現場では「取り決めはしたのに支払われない」というケースが少なくありません。
合意や審判で金額が決まっても、実際に支払ってもらえなければ意味がない──。
そんなとき、裁判所はどこまで力になってくれるのでしょうか。
この記事では、養育費の未払が発生した場合に、裁判所を通じて執り得る法的措置について、履行勧告から差押え、令和6年改正によるワンストップ化や先取特権まで、最新制度と実務ポイントをわかりやすく紹介します。
2. 「合意」だけでは不十分──まずは強制力のある文書を
養育費の金額を話し合いで決めて書面に残しても、それが強制執行できる文書(債務名義)でなければ、相手が払わなくなったときに裁判所を通じた回収はできません。
債務名義とは、例えば調停調書や審判書、判決、そして強制執行認諾文言付きの公正証書などを指します。
こうした文書がない場合は、まず家庭裁判所に養育費請求調停を申し立てて、調停調書(または審判書)を作ることが必要です。
この調書こそが、差押えなどの法的手段を使うための出発点になります。
3. 「裁判所は情報を探してくれない」はもう昔の話
かつては、「裁判所は情報を探してくれない」と言われていました。強制執行をするには、相手の勤務先や口座情報を特定しておく必要があり、その調査は自分でしなければならない、というのが常識でした。
しかし2020年の民事執行法改正により、「第三者からの情報取得手続」という制度が新たに導入され、状況は大きく変わりました。
この制度を使うと、養育費や婚姻費用の未払いについて、裁判所を通じて相手の預貯金口座や勤務先の情報を入手できるようになりました。
以前は、弁護士でもなかなか調査できなかった情報が、裁判所経由で公的に入手できるようになったのは、大きな前進です。
言い換えれば、差押えをするための基礎情報を、正式な手続で確保できる時代になったということです。
4. 「履行勧告」というソフトな方法もある
家庭裁判所で養育費の金額を決めた場合、未払いが発生したときには「履行勧告」という制度を使うこともできます。
これは、裁判所が相手に連絡をして「取り決めどおり支払ってください」と促すもので、支払う意思はあるものの一時的に滞っている相手には効果が出ることがあります。
実際、「裁判所から電話や手紙が来て驚き、そのまま支払ってくれた」という事例も少なくありません。
ただし、この制度には強制力がありません。
相手に支払う意思や能力が乏しい場合には実効性が低く、動かない相手に対しては差押えなどの強制執行へ進む必要があります。それでも、まずは試してみる価値がある“ソフトな一手”です。
5. 近い将来の大きな制度改革
さらに、令和6年(2024年)に公布された改正民事執行法では、養育費回収の実務を大きく変える二つの改正が予定されています(公布から2年以内に施行予定)。
一つは、執行手続の「ワンストップ化」です。
これまでは、財産開示、情報取得、差押えをそれぞれ別々に申し立てる必要がありましたが、改正後は1回の申立てで一連の流れを連続して処理できるようになります。
これにより、手続きにかかる時間と費用が大きく減る見込みです。
もう一つは、養育費債権への「先取特権」の付与です。
これにより、養育費が他の一般債権より優先的に支払われる権利を持つことになり、債務名義がなくても、何らかの合意書があれば、その書面を根拠に差押えが可能になる方向です。
これが実現すれば、迅速な回収や他の債権者との競合にも強くなります。
6. 「取り決めた後」こそがスタートライン
養育費は、金額を決めた時点がゴールではなく、むしろそこからが本当のスタートです。
現行制度では、差押えなどの強制執行を行うには債務名義が必要であり、その取得と保全が未払い対策の第一歩になります。
支払いが止まるのは突然です。
止められてから慌てて債務名義を取ろうとして調停を申し立てても、相手が調停に出てきてくれず、手続が難航して、差押えまで時間がかかってしまうこともあります。
だからこそ、最初の合意の段階で強制執行できる形にしておくこと、そして万一のときにどの手段をどう使うのかをあらかじめ理解しておくことが欠かせません。
7. 差押えは簡単になったけれど、手続きは複雑に
法改正で差押えのための情報は得やすくなりましたが、申立書の作成や必要書類の収集、申立先の判断など、法律手続としてはむしろ複雑になっています。
一見「簡単になった」ように見えても、手続としては、専門性が増しているため、養育費の未払いで差押えを検討する際は、早い段階で専門家である弁護士に相談することをおすすめします。弁護士と一緒に戦略を立てて動くことで、より確実でスピーディーな回収が可能になります。