1. 説明義務違反によるトラブルが増加
不動産の売買や賃貸、媒介をめぐるトラブルで、近年相談が増えているのが「説明義務違反」に関するトラブルです。
購入した土地に増改築の制限があって希望する建築ができなかった、引渡し後に建物の傾きや雨漏りが判明した、あるいは過去に自殺があった物件を知らされずに契約してしまった─こうした事例はいずれも、契約前に重要な情報が適切に伝えられなかったことに端を発しています。
不動産取引は高額な売買や生活に関する賃貸が問題となる重要な取引です。そのため、売主や貸主、仲介業者には、取引に際して十分な情報提供を行う義務が課されています。
この記事では、宅地建物取引主任者(現:宅地建物取引士)として不動産取引の実務経験を持つ弁護士が、不動産取引における売主・貸主・仲介業者の説明義務の基本をコンパクトにお伝えします。
2. 売主の説明義務
⑴ 説明義務の根拠は信義則(民法1条2項)
売主には、買主が契約を締結するかどうか判断するうえで重要な事実を説明すべき信義則上の義務があります(最判平成16年11月18日)。法令上の制限や、重大な欠陥などを説明しなかった場合、これによって損害が発生した場合、売主は買主に対して不法行為責任を負います(最判平成23年4月22日)。
⑵ 宅建業者は義務が加重される
さらに、売主が宅地建物取引業者である場合には、宅建業法も適用されることから、重要事項説明(法35条)や不実告知の禁止(法47条)など、より広範な説明・告知義務が課されます。本来、宅建業法は監督官庁による監督処分の根拠となる行政法規ですが、実務上は、宅建業法の説明義務に違反した場合、民事上の説明義務違反にもなるため注意が必要です。
3. 貸主の説明義務
⑴ 貸主にも信義則上の説明義務がある
賃貸借契約においても、売買契約と同様、貸主には借主が契約を判断するために必要な情報を提供すべき信義則上の義務があります。賃貸借契約の貸主には、宅建業法は適用されませんが、民法上の説明義務がないわけではありません。
⑵ 宅建業者でなくても説明義務を負う
複合商業施設の収支予測、自殺歴の存在、アスベスト使用や過去の浸水被害など、賃貸借契約を締結するか否かを判断するための重要な事項については、説明義務の対象になります。宅建業者でなくても、これらの事実を説明せずに契約した場合、説明義務違反による不法行為責任を負うため注意が必要です。
4. 仲介業者の説明義務
⑴ 媒介契約がある場合
売主または買主が仲介業者と媒介契約を結んでいる場合、仲介業者は媒介契約上の善管注意義務(民法644条)を負います。したがって、仲介業者が顧客に対して、重要な事実を説明しなかったことにより、顧客に損害が生じた場合は、「債務不履行」として損害賠償責任を負うことになります。
⑵ 媒介契約がない場合
判例は、媒介契約を結んでいない相手方に対しても、仲介業者の「業務上の一般的注意義務」を認め、不法行為責任を肯定しています。例えば、売主側の「元付け業者」と買主側の「客付け業者」が共同仲介をした場合、買主と直接媒介契約を結んでいない元付け業者も、業務上の一般的な注意義務に違反して買主に損害を生じさせた場合、買主に対して不法行為責任を負うことになるため注意が必要です。
5. 契約不適合責任との関係
売買の目的物が契約内容に適合していなかった場合、買主は通常、売主に対して契約不適合責任を追及できます。そのため、契約不適合責任よりも、基本的に立証の難易度が高い説明義務違反に基づく責任追及の実益は乏しいのです。しかし、次のように、説明義務違反が補充的に意味を持つ場面があります。
⑴ 期間制限との関係
契約不適合責任について「引渡しから2年以内に通知が必要」との特約がある場合、2年を経過して初めて不具合が発見されれば契約不適合責任は追及できません。しかし、契約締結時に売主が説明義務を怠り、これにより損害が発生した場合、買主は売主に対して、説明義務違反を理由に損害賠償を請求できます。
⑵ 免責特約がある場合
売主が契約不適合責任を免れる特約を設けている場合でも、その特約が当然に説明義務違反まで免責するわけではありません。説明義務違反について個別に免責されていないのであれば、別途、買主は売主に対して、説明義務違反に基づく損害賠償を請求することができます。
⑶ 仲介業者との関係
宅建業者が売主ではなく、売買契約を媒介しただけの場合、顧客が仲介業者に契約不適合責任を問うことはできません。もっとも、顧客は仲介業者に対して、説明義務違反に基づく損害賠償を請求することはできるため、仲介だけの宅建業者も注意が必要です。
【参考記事】
→不動産取引における契約不適合責任の基本
6. まとめ
不動産取引は売買であれ賃貸であれ、事業や生活の基盤に関する重要な取引です。
そのため、売主や貸主、仲介業者には、取引に際して十分な情報提供を含む説明をする義務が課されています。
売主・貸主・仲介業者のそれぞれが、自らの立場でどの範囲まで情報提供を尽くすべきかを意識することが、トラブルを未然に防ぐ最大の手段となります。
もっとも、具体的な局面における説明義務の範囲については、極めて専門的で技術的な判断が必要です。
説明義務違反が問題となった場合、多額の金銭を巡る紛争になることが多いため、早めに経験豊富な弁護士への相談をおすすめします。