1. 慌てないことが大切
ある日突然「商標権侵害を理由とする警告書」が内容証明郵便で届き、商品の販売中止や在庫廃棄に加え、損害賠償を請求する文言が並んでいる─特に有名ブランドからの請求の場合、ブランド価値の毀損を理由に非常に高額な損害賠償請求がなされることも珍しくありません。
請求金額の大きさに加え、差止請求が認められれば商品の製造・販売を続けること自体が不可能となり、もし自社の主力商品が対象であれば、事業の存続にも関わります。商標権侵害について確信犯のケースを除き、こうした状況で動揺し、不安や恐怖を覚えるのは当然です。
しかし、ここで最も大切なのは慌てないことです。確信犯のケースを除き、警告書が届いたからと言って、必ずしも商標権侵害が成立しているとは限らないからです。それは、弁護士や弁理士から警告書が送られて来た場合であっても同じです。
仮に商標権侵害が成立するとしても、損害額が本当に相手の主張通りの金額であるという保証はありません。
しかし、動揺して冷静さを失い、相手の言うがままに製品の廃棄や金銭支払いなどを約束してしまえば、本来これらの義務を負担する必要がなかったとしても、後から無かったことにすることはできません。
では、警告書を無視するとどうなるか?警告書が届いたということは、相手には氏名や住所がバレています。放置すると、民事訴訟を提起されたり、商標権侵害罪を理由とする刑事告訴もあり得る以上、警告書を無視してはいけません。
以上を踏まえ、商標権の紛争解決に注力する弁護士が、商標権侵害の警告書が届いた場合の具体的な対処法をお伝えします。
※なお、この記事は、商標権侵害について故意のある確信犯向けの記事ではありません。商標権侵害について、確信犯の場合は、商標権侵害罪(最高で十年の拘禁刑及び3億円の罰金)による逮捕・勾留・起訴・刑事裁判に備えて、しかるべき弁護士に刑事弁護を依頼することをおすすめします。
2. 警告書の送り主を確認する
商標権侵害の警告書は、大きく分けて二つのタイプがあります。
⑴ 権利者本人名義の警告書
この場合、感情的に「商標権を侵害された」と思い込み、法的根拠が十分でないケースも少なくありません。もっとも、送り主の名義が権利者本人(会社)であるだけで、弁護士のアドバイスを受けて警告書を送っているケースもあるため、無視すれば良いというわけではありません。
⑵ 弁護士名義の警告書
この場合、通常は弁護士が商標権侵害の要件を検討したうえで、警告書を送ってきているため、商標権侵害について、それなりの法的根拠がある可能性が高いといえます。ただし、グレーゾーンの事案でも強気に請求してくる弁護士も存在するため「弁護士から警告書が来た=商標権侵害確定」とは言えません。
⑶ 自己判断で回答しない
いずれの場合も、必ず、相手の主張を確認・整理して、下記3の商標権侵害の成否や、4の損害額の算定に詳しい弁護士に相談した上で対応を決めるべきです。自己判断で回答しないでください。
内容証明郵便に回答期限が切ってあったとしても、その回答期限に返事をしなければ、逮捕されたり財産が差し押さえられるわけではりません。繰り返しになりますが、慌てないことが何より大切です。
3. 商標権侵害の成否を判断
商標権侵害かどうかは、何となく「似ているかどうか」で決まるものではありません。①相手の商標権の範囲や有効性の確認、②類似性の検討、③類似性以外の商標権侵害を否定する事由の検討など、様々な事情を総合的に考慮して判断する必要があります。
⑴ 商標権の範囲・有効性の確認
商標権侵害の成否を検討する前提として、相手が主張する商標権の範囲や有効性を確認する必要があります。登録原簿や商標公報を参照し、存続期間や指定商品・役務の内容を調べます。さらに、審査経過(包袋記録)を精査し、拒絶理由通知に対する補正・意見書の有無を確認します。指定商品・役務の範囲や識別力に関する審査経過が、権利範囲の確定に重要な影響を与えるため、詳細な検討が必要です。
⑵ 類似性の検討
商標権の範囲や有効性を確認した上で、①問題となる商品や役務が、登録された指定商品・役務との類似性、②商標自体の類似性を判断します。①・②どちらか一方でも類似性が認められなければ、商標権侵害は成立しません。
①商品・役務の類似性
問題となっている標章を使用している自社の商品や役務が、相手の登録商標の指定商品・役務と類似しているかを判断します。この類似性の判断にあたっては、特許庁の「類似群コード」だけでなく、実務では商品の用途や機能、需要者層、原材料や品質、製造・販売経路、価格帯、競合関係など市場や取引の実情を重視して、個別具体的に判断します。
②商標の類似性
登録商標と問題となっている標章が類似しているかを判断します。商標の類似性は、「両標章を比較したときに、出所の混同を生じるおそれがあるかどうか」を基準に判断されます。その際には、外観(見た目)、称呼(呼び名)、観念(意味内容)の三つを中心に、実際の市場での取引の実情も含めて総合的に考慮します。もっとも、この判断は、商標権侵害の成否判断の中でも特に専門的で難しいことから、弁護士など商標法の実務に精通した専門家に鑑定を依頼するべきです。
⑶ 登録商標の無効事由
登録商標自体に識別力の欠如や先登録との抵触、冒認出願、公序良俗違反など無効事由がある場合、商標権侵害は成立しません。訴訟の中で無効を主張して相手方の商標権侵害を否定したり、無効審判によって登録商標そのものを無効にすることもできます。
⑷ 商標的使用
商標的使用とは、需要者がその表示を見て商品の出所を識別するような使い方を指します。商標的使用でなければ、商標権侵害は成立しません。例えば、商品名やシリーズ名、パッケージ正面のロゴ、店舗やウェブサイトの見出しに表示される場合は商標的使用にあたります。これに対して、素材名の記載や対応機種の型番表示など、単に商品の品質や用途を説明するだけの表示は商標的使用ではありません。
⑸ 先使用権
商標の登録出願より前から現在まで、標章を国内で業として継続使用しており、一定の周知性を得ていた場合には、先使用権が認められます(商標法32条1項)。先使用権が認められれば商標権侵害は成立しません。使用開始時期や販売実績を示す契約書・広告資料など、継続使用を裏付ける証拠資料を整えることが重要です。
⑹ 真正商品の流通
中古業者等が、真正商品(権利者の意思に基づいて流通に置かれた商品)を業として販売する行為は、商標権侵害が成立しません。もっとも、商標の改変や付替え、重要な付属品を外して販売するなど、商標の出所表示機能や品質保証機能を害する態様での販売には商標権侵害が成立するため注意が必要です。
⑺ 並行輸入
正規の総代理店を通さずに海外の商品を輸入する、いわゆる並行輸入は、この商品の商標が日本でも登録されていれば、原則として商標権侵害が成立します。例外的に、商標権者自身、または商標権者と法律的・経済的に一体関係がある者が、海外で適法に流通させた商品を輸入する場合などは、商標権侵害が成立しません。エルメスのフランス本店で販売されているケリーバッグを購入し、日本に輸入するケースなどです。
⑻ 権利濫用
登録商標の取得経過や取得意図、商標権行使の態様等が、客観的に公正な競争秩序を乱すと評価される場合には、商標権の行使は権利の濫用として許されません。例えば、自分で商標を使用するためではなく、他人が商標を使用した場合に、商標権侵害を主張して損害賠償やライセンス料を請求するために商標を登録し、実際に商標権侵害を主張するようなケースです。
4. 損害額の検討
仮に商標権侵害が成立する可能性が高いとしても、相手が主張する損害額がそのまま認められるわけではありません。
実務上、請求額が過大であるケースは珍しくないため、損害額を精査しなければ、必要以上に高額な金銭を支払うことになります。
特に「営業損害」の評価では、単純に売上全体を損害とみるのではなく、追加的経費を差し引いた「限界利益」が損害とされるのが一般的であるにもかかわらず、売上そのものを根拠に高額請求を行ってくるケースが多々有るため注意が必要です。
また、世界的に知られた有名ブランドが警告書を送ってくる場合、「ブランド価値の毀損」や「信用回復に要する広告費用」などを根拠に、数億円規模の請求をしてくることが普通にあります。しかし、これらの金額が裁判でそのまま認められるわけではありません。
さらに、慰謝料や弁護士費用相当額が上乗せされるケースもありますが、これらが当然に認められることもありません。
商標権侵害の成否と同様に、「いくら払うか」という損害額の問題も高度に専門的な領域です。請求額を額面通りに受け入れるのではなく、必ず専門家の助言を踏まえて対応を検討するべきです。
商標権侵害を否定できない場合でも「いくら払うか」は別問題です。損害額はケースごとに大きく変動するため、動揺して何にも考えずに相手の言い分をそのまま受け入れてはいけません。
もっとも、商標権侵害に関する損害額の算定は、商標権侵害の成否と並んで、非常に専門的な知識と経験が必要です。商標法に精通した弁護士に相談することが不可欠です。
5. まとめ-慌てず、騒がず、弁護士に相談を
警告書が届いたことと、商標権侵害が成立していることは別の話です。送り主が素人でも弁護士でも、まずは慌てないことが一番大切です。
警告書は警察の逮捕状ではありません。弁護士が送ってきた内容証明郵便であっても、それで逮捕されたり、財産が差し押さえられるわけではありません。
最悪なのは、動揺して冷静さを失い、自己判断で相手の言い分を丸呑みにすることです。
もっとも、警告書を無視すると、民事訴訟を提起されたり、商標権侵害罪を理由とする刑事告訴もあり得る以上、警告書を無視してはいけません。
ではどうするか?まずは、落ち着いて状況を整理した上で、できる限り証拠を整え、慌てず、騒がず、商標権に精通した弁護士に相談する―これが、商標権侵害の警告書が届いた場合の最善の対処法です。
なお、商標権侵害の成否の判断は、弁護士だけでなく弁理士も扱うことができます。しかし、元来、弁理士は商標登録出願手続の専門家であって、紛争解決の専門家ではありません。もちろん、単独で訴訟を行うことはできません。
一方、弁護士は、あらゆる法律と紛争解決の専門家です。
商標権侵害の問題は法的紛争に他ならない以上、本気で紛争を解決したいとお考えであれば、商標権の紛争解決に精通した弁護士への依頼をおすすめします。