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知的財産法

【特許法】特許権侵害の対処法-侵害の判断基準と実務対応の基本

1. 権利行使をする前に

研究開発に多額の投資と年月を費やし、ようやく特許として登録した技術。その技術を自社製品に搭載して市場に投入したところ、競合製品に同じ仕組みが使われているように見える──他の知的財産権と比べても、開発コストが圧倒的に高い特許権侵害に直面すれば、誰もが冷静ではいられません。

直ちに特許権侵害を主張したいと考えるのは当然です。

しかし、冷静さを失った状態で、慌てて警告書を送るのはおすすめしません。

特許権侵害が成立しないのに、警告書の送付をはじめ、相手方に法的な請求すると、名誉毀損や業務妨害、不正競争防止法上の責任を問われるリスクがあります。侵害を主張したことで相手から無効審判を請求され、特許権そのものを失う危険もあります。

そのため、権利を行使する前に、まず「本当に特許権侵害を主張できるのか」を冷静に確認した上で、正しい方法で権利を行使する必要があるのです。

この記事では、特許法の実務に精通した弁護士が、特許権侵害を主張するための前提となる特許権の有効性の確認や、特許権侵害の判断方法をはじめ、証拠収集、交渉や訴訟など、特許権を行使するための実務対応の基本について解説します。

2. 特許権の有効性を確認する

まずは、自社の特許権に問題がないかを確認する必要があります。

⑴ 出願前に自ら論文や展示会、広告などで公開して新規性を失っていないか
⑵ 公知技術との差異が乏しく、進歩性に欠けると評価される余地がないか
⑶ 出願経過で拒絶理由に対応するために意見書で権利範囲を限定していないか
⑷ 他者の先行特許と抵触していないか

これらの点に問題があれば、相手方から無効審判を請求され、特許権そのものを失うリスクがあります。特許庁は、登録段階で全ての無効事由を審査できるわけではありません。特許庁の審査を通過して登録されていても、後から無効とされるリスクは常に残されています。特許権とは、このようなリスクも折り込み済みの法制度なのです。

3. 特許権侵害の成否

特許権の有効性に問題がないとしても、相手方の行為が特許権侵害にあたるかどうかを判断しなければなりません。

特許法68条本文は「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」と定めています。したがって、第三者が①「業として」②「特許発明の」③「実施をする」に該当する行為を無断で行った場合、原則として特許権侵害が成立します。

⑴「業として」

「業として」とは、営利目的に限らず、公社や公益事業なども含む社会的・事業的活動を意味します。反復継続して行われる事業活動であることが基準であり、研究目的の試験や家庭内での使用は、発明を利用していても侵害にはなりません。

⑵「特許発明の」

第三者により生産・使用される物や方法が、「特許発明の技術的範囲」(特許法70条)に属するか否かという問題です。特許権侵害を判断する上で、最も重要な要素です。

裁判実務上は、まず、特許法70条1項の特許請求の範囲(クレーム)に記載された構成要件を解釈します。この際、特許法70条2項の発明の詳細な説明(いわゆる明細書)、図面、さらには出願経過も参照されます。

結果的に、第三者により生産・使用される物や方法が、特許請求の範囲に記載された構成要件と同じであれば、特許権侵害が成立します。

一部が異なる場合でも、実質的に同じであれば、特許権侵害が成立します(ボールスプライン事件・最高裁平成10年2月24日判決)。

いずれにせよ、上記の判断は、特許権侵害を判断する上で、もっとも専門的で困難な作業です。

⑶「実施をする」

「実施」の内容は発明のカテゴリーごとに特許法2条3項で定義されています。

①物の発明(プログラム含む)

→生産、使用、譲渡・貸渡し(プログラムのインターネット送信による提供を含む)、輸入、譲渡のための所持

②方法の発明

→特許権の対象である方法を使用する行為

③物の生産方法の発明

→②の方法の使用に加え、その方法によって生産した物を使用・譲渡等・輸入する行為

たとえば、国内で製造する場合はもちろん、海外で製造された製品を日本に輸入すると「実施」にあたり、特許権侵害が成立します。

⑷ 補足:侵害判断の難しさ

⑴~⑶まで、かなり簡略化して特許権侵害の判断要素について記載しましたが、特許権侵害の判断は極めて専門的です。過去の裁判例でも「この要件が一致すれば必ず侵害だ」という明確な公式は存在しません。

誤解を恐れずに言えば、特許侵害の成否判断は、クレーム解釈や均等論の適用をめぐる判例・審決の積み重ねを背景に、数多くの実務経験を通じて身に付けるしかありません。しかも特許権は、特許権で保護される専門技術と法律を架橋する必要があるため、判断の難易度が非常に高いのです。

したがって、独自に特許権侵害を判断するのは危険です。権利行使をする前に、特許権侵害の判断について、必ず弁護士等の専門的な鑑定を受けることをおすすめします。

4. 侵害品の特定と証拠収集

また、意匠権侵害を主張するには、対象となる商品の特定と証拠の収集が欠かせません。

⑴ 競合製品を実際に購入して確保する
⑵ 製品仕様書やマニュアルを入手する
⑶ 型番や販売ルートを正確に特定する

など、侵害商品の特定と証拠収集をできる限り具体的かつ詳細に行うことが必要です。そうでなければ意匠権侵害の正確な判断や、意匠権侵害についての立証ができないからです。

5. 製造・販売の実態を把握する

侵害品の流通の実態を調査することは、差止請求の範囲や損害額を算定する上で不可欠です。

具体的には、

⑴ いつから販売されているのか
⑵ 販売数量や単価はどの程度か
⑶ 製造者と販売者は同一か
⑷ 製造拠点は国内か海外か

など、製造拠点や製造者・販売者の属性を含めた流通の実態をできる限り調査する必要があります。

6. ビジネスへの影響を把握する

特許侵害は法的問題であると同時に、経営に直結する問題でもあります。

侵害製品が市場シェアに与える影響、売上や価格競争力への打撃、顧客や取引先からの信用低下などを把握し、対応方針を検討することが必要です。被害が軽微であれば交渉やライセンス契約が選択肢になり、深刻な場合には差止や損害賠償の訴訟に進む判断となります。

法的措置に進む前に、侵害が自社に与える影響を把握することも大切です。

⑴ 売上や価格競争力への打撃
⑵ 侵害製品が市場シェアに与える影響
⑶ ブランド価値や顧客からの信頼に及ぼす悪影響

これらの事情を分析することで、訴訟など法的手段による解決ではなく、交渉による早期の解決を目指した方がビジネス上は有利なのではないかといった、経営戦略も含めた実践的な判断が可能になります。実際、被害の程度によっては、損害賠償の請求をするよりも、ライセンス契約を締結した方が有利な場合もあります。

7. 紛争解決のための具体的な手段

特許権侵害を解決するための代表的な手段は下記の通りです。相手方の対応や、ビジネス上の判断によって、どの手段を選ぶかが決まります。

もっとも、実務上は、いきなり訴訟に進むのではなく、まず警告書を送り交渉するのが一般的です。その結果として使用中止やライセンス契約が成立することも少なくありません。

⑴ 警告書の送付

まず多くの場面で検討されるのが警告書の送付です。権利内容と侵害の事実を明示し、使用中止や協議を求めます。交渉の入口として最も一般的な手段ですが、あえて送付せずに次の手続に進む場合もあります。

⑵ 交渉

交渉段階では、差止めや損害賠償といった請求内容も具体的に提示します。場合によってはライセンス契約の締結によって合意に至るケースもあります。コストや時間を抑えた柔軟な解決手段として有効です。

⑶ 知財調停

裁判所の知財調停を利用することで、第三者を介した話し合いによる解決を目指す方法もあります。非公開で進められるため、取引先や市場への影響を抑えたい場合に適しています。もっとも、調停に出席する義務はないため、当事者のいずれかが出席しなければ調停で紛争を解決することはできません。

⑷ 訴訟

当事者の話し合いで解決できない場合には、訴訟で強制的に紛争を解決します。もっとも、ケースによっては、話し合いをすることなく、最初から訴訟を提起する場合もあります。調停と異なり、訴訟を欠席すると、欠席判決が出され敗訴してしまうため、当事者は訴訟に対応せざるを得ません。時間やコストはかかりますが、確実な決着を図る手段です。

⑸ 刑事告訴

悪質な侵害行為については刑事事件として告訴することも可能です。特許権侵害で有罪になると、侵害者本人には拘禁刑や罰金刑が科され、法人にも重い罰金刑が課されることから、特に組織的・反復的な侵害や、社会的に周知させる必要がある事案などには有効な抑止力となります。

もっとも、知的財産権の中でも特に複雑な特許法違反について、刑事告訴を警察や検察に受理させるためには、整然と整理され、正確な専門知識に裏付けられた相当量の証拠が必要です。告訴状を作成するだけでも膨大な時間と労力を要するのです。

仮に、侵害者が刑事罰を受けても、民事上の損害が自動的に賠償されるわけではないため、刑事告訴は最後の手段であり、民事的な対応と併せて慎重かつ戦略的に判断する必要があります。

8. まとめ-専門家の関与が不可欠

特許権侵害は、権利行使の前提として「特許発明の技術的範囲の判断」という、この部分だけで本が一冊書けるような、極めて難易度の高いテーマをはじめとして、非常に高度で専門的な判断が必要です。

さらに、特許権侵害を認定できたとしても、実際に権利を実現するためには、難解な特許法の理解はもちろん、特許権で保護されている発明の技術的意味の正確な理解や経済価値等、法律外の様々な知見や経験則を総動員して、交渉や訴訟に挑む必要があります。

他の知的財産権に比べても、特に複雑で難しい特許権侵害に対処するためには、専門家の関与が不可欠なのです。

なお、特許権侵害の判断だけであれば、弁護士だけでなく弁理士も扱うことができます。しかし、元来、弁理士は特許出願手続の専門家であって、紛争解決の専門家ではありません。もちろん、単独で訴訟を行うことはできません。

一方、弁護士は、あらゆる法律と紛争解決の専門家です。

特許権侵害は法的紛争に他ならない以上、本気で紛争を解決したいとお考えであれば、特許法に精通した弁護士に相談されることをおすすめします。

 

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