1. 契約書が無い取引が招くリスク
「長年の付き合いだから」「紹介だから間違いない」──そう思って契約書を交わさない取引は、実務では珍しくありません。
しかし、その“信頼”が、後に自分を追い詰める材料になることがあります。裁判や交渉の現場では、善意の始まりが悪意の武器に変わる瞬間を、何度も目にしてきました。
この記事では、企業法務を得意とする当事務所の弁護士が、契約書を交わさずに取引を行うことで生じる法的リスクと、その予防策について解説します。実務経験や実例をもとに、綺麗事抜きで「なぜ契約書が必要か」をお伝えします。
2.【実例】最終的に会社が倒産
ある製造業A社は、長年付き合いのあった取引先B社から大口の注文を受けました。金額は年間売上の4割を占める規模で、納品前に材料を大量に仕入れる必要があり、数千万円の先行投資を銀行融資で賄いました。
ところが、口頭の合意だけで契約書を交わしていなかったため、納品直前になってB社が「仕様が違う」と支払いを拒否。A社は納品を完了していたものの、発注内容や条件を証明できる書面はなく、B社は一部だけの支払いを主張し続けました。
訴訟に踏み切ったものの、契約条件を裏付ける証拠は限られ、裁判は長期化。その間も銀行への返済や取引先への支払いは迫ります。資金は急速に減り、他の案件からの入金だけでは補えず、わずか半年で資金ショートに至りました。最終的にA社は事業継続を断念し、破産手続に入らざるを得ませんでした。
このケースでは、契約書があれば仕様や支払条件を明確に証明でき、支払い拒否を防げた可能性が高いものでした。契約書の欠如は単なる形式の問題ではなく、企業の存続に直結するリスクであることがわかります。
3. 契約書がない=合意を証明できない
法律上、口約束でも契約は成立します。
ですが、実務で問題になるのは「契約があったかどうか」ではなく、「どんな内容だったのか」。
契約書がなければ、その内容を立証することが極めて困難になります。
例えば以下は、口頭合意では争いになりやすい典型です。
⑴ 支払い条件(期日・方法・遅延損害金の有無)
⑵ 納期や成果物の仕様・品質基準
⑶ トラブル発生時の解除や損害賠償の条件
⑷ 変更やキャンセルのルール
たった一つの食い違いで、契約関係が根底から崩れることも珍しくありません。
4.「メールがあるから大丈夫」は通用しない
「メールのやり取りが証拠になる」と思われがちですが、断片的なやり取りだけでは“最終的な合意”を示せません。
むしろ経緯が複雑なほど、相手に都合の良い部分だけを抜き出され、「途中で条件が変わった」などと主張されるリスクがあります。
一方、契約書は、一枚で「これが最終合意だ」と明確に示すことができる、直接的で強力な証拠なのです。
そのため、訴訟になれば、その有無が立場を決定的に左右します。
5. 揉める前に確かな備えを
契約書を作らずにトラブルが起きてから、顔面蒼白になって法律事務所に駆け込む方が後を絶ちません。
しかし、契約書がない契約紛争の場合、基本的には立証の難易度が高いため、弁護士費用も高額になります。これが現場の現実です。
確かに、契約書の作成には費用がかかります。しかし、契約書を作成せずに契約トラブル担った場合の費用や時間の負担は桁違いです。
相手に対する善意だけでは自分の会社やビジネスは守れません。「契約書を作らなかった」が致命傷になる前に、確かな備えを整えることをおすすめします。