1. 慌てないことが大切
ある日突然「特許権侵害を理由とする警告書」が内容証明郵便で届き、製品の製造・販売の中止、在庫廃棄、さらには億単位の損害賠償の支払いを求められる─まさに青天の霹靂ともいえる事態です。
請求金額の大きさに加え、差止請求が認められれば製品の製造・販売を続けること自体が不可能となり、もし自社の主力製品が対象であれば、企業の存続に直結しかねません。特許権侵害について確信犯のケースを除き、こうした状況で動揺し、不安や恐怖を覚えるのは当然です。
しかし、ここで最も大切なのは慌てないこと です。確信犯のケースを除き、警告書が届いたからと言って、必ずしも特許権侵害が成立しているとは限らないからです。それは、弁護士や弁理士から警告書が送られて来た場合であっても同じです。
仮に特許権侵害が成立するとしても、損害額が本当に相手の主張通りの金額であるという保証はありません。
しかし、動揺して冷静さを失い、相手の言うがままに製品の廃棄や金銭支払いなどを約束してしまえば、本来これらの義務を負担する必要がなかったとしても、後から無かったことにすることはできません。
では、警告書を無視するとどうなるか?警告書が届いたということは、相手には氏名や住所がバレています。放置すると、民事訴訟を提起されたり、特許権侵害罪を理由とする刑事告訴もあり得る以上、警告書を無視してはいけません。
以上を踏まえ、特許権の紛争解決に注力する弁護士が、特許権侵害の警告書が届いた場合の具体的な対処法をお伝えします。
※なお、この記事は、特許権侵害について故意のある確信犯向けの記事ではありません。特許権侵害について、確信犯の場合は、特許権侵害罪(最高で十年の拘禁刑及び3億円の罰金)による逮捕・勾留・起訴・刑事裁判に備えて、しかるべき弁護士に刑事弁護を依頼することをおすすめします。
2. 警告書の送り主を確認する
特許権侵害の警告書には大きく分けて二つのタイプがあります。
⑴ 権利者本人名義の警告書
特許に関しては、単なる感情的な思い込みで警告書を送るケースは著作権や意匠権に比べて少数です。特に知財部を持つ大企業では社内の弁理士や弁護士による事前検討を経たうえで送付されるのが通常です。もっとも、中小企業や個人発明家のケースでは、十分な調査をせずに送付してくる場合もあるため、警告書の内容を鵜呑みにしてはいけません。
⑵ 弁護士・弁理士名義の警告書
特許権の専門家が直接名義人となっている場合、クレーム解釈や侵害可能性について一定の検討が加えられていると考えられます。ただし、グレーゾーンの事案であっても強気に差止めや高額な損害賠償を主張してくるケースもあるため、「専門家名義=特許権侵害確定」ではありません。
いずれにせよ、必ず、相手の主張を確認・整理して、下記3の特許権侵害の成否を慎重に判断した上で、対応を決めるべきです。
⑶ 自己判断で回答しない
いずれの場合も、必ず、相手の主張を確認・整理して、下記3の特許権侵害の成否や、4の損害額の算定に詳しい弁護士に相談した上で対応を決めるべきです。自己判断で回答しないでください。
内容証明郵便に回答期限が切ってあったとしても、その回答期限に返事をしなければ、逮捕されたり財産が差し押さえられるわけではりません。繰り返しになりますが、慌てないことが何より大切です。
3. 特許権侵害の成否を判断
特許権侵害か否かは、単に「技術が似ているかどうか」だけで決まるものではありません。①相手の特許権の範囲や有効性の確認、②対象製品や方法が特許発明の技術的範囲に属するかどうかの検討、③その他特許権侵害を否定する事由の検討など、様々な事情を総合的に考慮して判断する必要があります。
⑴ 特許権の範囲・有効性の確認
特許権侵害の成否を検討する前提として、相手が主張する特許権の範囲や有効性を確認する必要があります。登録原簿や特許公報を参照し、存続期間や分割出願の有無を調べます。さらに、審査経過(包袋記録)を精査し、拒絶理由通知に対する補正・意見書の有無を確認します。特に特許の場合、クレーム文言が権利範囲を画し、審査段階での補正や主張が後の権利解釈に重要な影響を与えるため、詳細な検討が不可欠です。
⑵ 特許発明の技術的範囲に属するか
特許権の範囲や有効性を確認した上で、第三者により生産・使用される物や方法が、特許権の範囲(特許発明の技術的範囲)に属するかどうかを判断します。形式的にも実質的にも特許権の範囲に属さなければ、特許権侵害は成立しません。もっとも、この判断は極めて専門的で難しいことから、必ず弁護士など特許実務に精通した専門家に鑑定を依頼するべきです。
⑶ 無効事由の有無
先行技術文献や非特許文献を調査し、新規性・進歩性を欠くかどうかを検討します。相手方が出願前に自ら公開していれば、新規性喪失の例外(特許法30条)の適用範囲を超えて無効となる可能性があります。無効理由がある場合は、侵害訴訟や無効審判を通じて、特許権の無効を主張することができます。
⑷ 先使用権の抗弁(特許法79条)
出願前から日本国内で、独立に発明を完成し、業として実施または実施の準備(設備投資・発注等)をしていた場合は、先使用権を主張できる可能性があります。先使用権が認められれば特許権侵害は成立しません。図面・実験ノート・発注書・検収書・タイムスタンプ等、発明の実施や準備について日付が特定できる資料や証拠を揃えることが重要です。
⑸ 特許権の消尽
正規に流通した製品を取得して使用や譲渡等する場合には、原則として特許権の効力が消尽するため、特許権侵害は成立しません。ただし、流通経路が国内か国外かによって消尽の要件が異なることや、流通過程で適法に取得した交換部品を用いた製品の製造が、特許権の侵害と評価される場合は消尽の範囲外となるため、事案ごとに専門的な判断が必要です。
⑹ その他の抗弁(研究・試験の例外等)
研究・試験目的の実施(特許法69条)は、原則として特許権侵害になりません。もっとも、営利目的がある場合には特許権侵害になるため、営利目的か否かについて、実施主体・頻度・目的・売上関与の有無など、具体的事情を精査する必要があります。
4. 損害額の検討
仮に、特許権侵害が成立する可能性が高いという判断になったとしても、相手が請求する損害額がそのまま認められるわけではありません。実務上、請求額が過大であるケースは珍しくないため、損害額を精査しなければ、必要以上に高額な金銭を支払うことになります。
特に「営業損害」の評価では、単純に売上全体を損害とみるのではなく、追加的経費を差し引いた「限界利益」が損害とされるのが一般的であるにもかかわらず、売上そのものを根拠に高額請求を行ってくるケースが多々あるため、注意が必要です。
さらに、慰謝料や弁護士費用相当額が上乗せしてくる場合もありますが、これらが当然に認められるわけではありません。
特許権侵害を否定できない場合でも「いくら払うか」は別問題です。損害額はケースごとに大きく変動するため、動揺して何にも考えずに相手の言い分をそのまま受け入れてはいけません。
もっとも、特許権侵害に関する損害額の算定は、特許権侵害の成否と並んで、非常に専門的な知識と経験が必要です。特許法に精通した弁護士に相談することが不可欠です。
5. まとめ-慌てず、騒がず、弁護士に相談を
警告書が届いたことと、特許権侵害が成立していることは別の話です。弁護士からの警告書であっても、まずは慌てないことが一番大切です。
警告書は警察の逮捕状ではありません。弁護士が送ってきた内容証明郵便であっても、それで逮捕されたり、財産が差し押さえられるわけではありません。
最悪なのは、動揺して冷静さを失い、自己判断で相手の言い分を丸呑みにすることです。
もっとも、警告書を無視すると、民事訴訟を提起されたり、特許権侵害罪を理由とする刑事告訴もあり得る以上、警告書を無視してはいけません。
ではどうするか?まずは、落ち着いて状況を整理した上で、できる限り証拠を整え、慌てず、騒がず、特許権に精通した弁護士に相談する―これが、特許権侵害の警告書が届いた場合の最善の対処法です。
なお、特許権侵害の成否の判断は、弁護士だけでなく弁理士も扱うことができます。しかし、元来、弁理士は特許出願手続の専門家であって、紛争解決の専門家ではありません。もちろん、単独で訴訟を行うことはできません。
一方、弁護士は、あらゆる法律と紛争解決の専門家です。
特許権侵害の問題は法的紛争に他ならない以上、本気で紛争を解決したいとお考えであれば、特許権の紛争解決に精通した弁護士への依頼をおすすめします。